囲碁名人戦についてかいてみました。賞金のことや速報など棋譜についても書いてみました。
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囲碁名人戦1 名人戦とは、囲碁の棋戦(きせん)のひとつなのだそうだ。この「名人」というタイトルは、名人戦に優勝した棋士に贈られるもの。ちなみに、「棋戦」という言葉は、囲碁や将棋の大会のことを言い、プロの棋士が参加する大会をさすのだそうだ。棋戦には、七大タイトルがある。棋聖戦(読売新聞社主催)・名人戦(朝日新聞社主催)・本因坊戦(毎日新聞社主催)・十段戦(産経新聞社主催)・王座戦(日本経済新聞社)・天元戦(ブロック3紙=北海道新聞社、中日新聞社グループ、西日本新聞社)・碁聖戦(新聞囲碁連盟主催)。 1962(昭和37)年に創設されて、75(同50)年まで読売新聞社主催で開催されていたが、「名人戦」は翌年に朝日新聞に移管されて、朝日新聞社主催での開催となっている。この移管は日本棋院が「名人戦」について、読売新聞社に対して棋戦契約金の増額を要請していたが、さほどの進捗が見られず、朝日新聞社と仮契約を交わすが、読売新聞社も軟化するなどしたが、日本棋院が混乱。日本棋院の理事会は総辞職し、日本棋院顧問岡田儀一氏による斡旋案の「名人戦は朝日と契約」「読売は序列第一位の新棋戦」で落着して、日本棋院と読売新聞社は和解した。ちなみに、棋聖戦の賞金は2008年現在で、4200万円といわれている。 このこの一連のドタバタの経緯は「名人戦騒動」と呼ばれているそうだ。
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囲碁名人戦2 囲碁名人戦を含めた七大タイトルの主催は、すべて新聞社だ。1975(昭和50)年〜76(同51)年の「名人戦騒動」は日本棋院との契約金をめぐっての混乱であったが、現在の新聞という媒体のおかれている状況−若者の活字離れによる販売部数減や景気低迷による広告収入の低迷など−大手新聞社だけでなく、ブロック紙、地方新聞社に至るまでほぼ同一の状況で、業績が思わしくないため、今後、この七大タイトルの主催が新聞社だけでは維持することは厳しいかもしれない。 あるドキュメンタリー番組で、高校のひとつのクラスにコメンテーターがやってきて、「家で新聞を読んでいますか?」と高校生に質問して、「新聞を読んでいる」と挙手した高校生はゼロだった。これから新聞を読んでいくはずの世代がこのような感じであれば、どう考えても発行部数が伸びるようなことにはなりかねることは容易に想像できよう。 98(平成10)年、集英社の週刊マンガ雑誌「週刊少年ジャンプ」に連載された『ヒカルの碁』の影響で若年層にも囲碁ブームが生まれ、2001年10月から03年3月までテレビ東京系列でアニメ化された。
囲碁名人戦3 囲碁が日本に伝わったのは奈良時代といわれ、正倉院に碁盤と碁石が収められているという。清少納言や紫式部も碁をよく打ったといわれ、「枕草子」や「源氏物語」の話中に囲碁と思われる描写などがよく登場しているようだ。その後、室町時代末期には碁打ちが公家や武将に招かれるなど、碁打ちの専業化が進み、囲碁のルールもこの頃から変わっていったようだ。 そして、戦国時代には戦国武将たちは囲碁を大いに好んだようで、織田信長も同様。その信長が日海(のちの本因坊算砂)に「そちはまことの名人なり」と称揚され、“名人”の称号を許したと言われているが、これが各方面で常用される「名人」という言葉の起こりとされ、「囲碁名人戦」の言葉の端緒となったようだ。なお、本因坊算砂は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という三英傑に仕え寵愛されたのだという。 中国から伝わってきたとされる囲碁は、今や日本のみならず韓国や北朝鮮、中華人民共和国、台湾などでも盛んに行われていて、南北アメリカ、ヨーロッパなどでも競技人口が増え続けているのだそうだ。今や囲碁は世界80か国以上で打たれているゲームだ。そして、世界選手権も行われているそうだ。
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